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サロンの名花 Vol.2 ミシアとロートレック

歴史を彩ったサロンの主宰者マダムたちの物語。
まずは、ブンサロのイメージマダムと勝手にシンボライズさせていただいたミシア・セールについて、綴っていきます。
今日はその第2話。

 

ミシア・セールが、まだ、ミシア・ナタンソン(ナタンソン夫人)であった頃のお話。
彼女は文芸評論誌を発行する夫とともに、サロンを開いて芸術家の支援活動の力を注ぎました。
サロンではカクテルを飲みながら芸術論議に花を咲かせるのですが、ロートレックは、ユニークなカクテルを作って、サロンに集まった粋人たちの度肝を抜くような悪戯をして、場を盛り上げていたようです。

 

身体にハンデがあっても、人を魅了するキャラクターだったロートレック。
モンマルトルのムーランルージュの踊り子や、夜のモンマルトルに生きる娼婦達にも絶大な人気がありました。そんな、ロートレックにミシアもまた魅了されていきました。
夫ある身でありながら、友人という枠を超えて、二人の間には特別な感情が芽生えていたようです。

 

若いときは女性にもてず、裸婦のモデルに筆おろしされて、ようやく一人前の男になれたロートレック。
しかし、その後、多くの女性達とつきあうことで、少しずつ自信をつけていったのですが、ミシアの心も夢中にさせたことで。
「こんな私でも、最高の女たらしになれるんだな」
と、ロートレックは男のプライドに満足を得られたという、エピソードも伝わっています。

 

しかし、ロートレックは、ミシアと親交を深める時期に、同時に過度のアルコール摂取と、放蕩生活がたたって、心身ともに蝕まれ初めていました。
ミシアのサロンで華やかな交流を楽しんでいた時間も、それほど長く続きませんでした。
ロートレックが描いたミシアの肖像画がミシアの夫ナタンソン氏が発行する文芸評論誌『La Revue blanche』の表紙を飾ってから、5年後に、ロートレックは、37年の短い生涯に幕を下ろします。


ロートレックの人生においては、ユトリロの母で画家のシュザンヌ・ヴァラドンとの愛憎劇の方が有名で、ミシアとのことは、あまり取り上げられることは少ないのです。
というのも、ミシアの華麗な人生は、ロートレックは亡くなった後もさらに色褪せることなく、しかも、さらに波乱に満ちて行き!
なので、ロートレックとミシアのことは、小さな秘め事で終わったかのように、忘れ去られたかのように。
 

しかし、ロートレックの短い人生に、しかも死の影がつきまといだした終焉に向かう時期に、ミシアとの出会いは、ロートレックの創作活動に、大きな影響を与えているのです。
そのお話は次回に。
それでは、今日はこの辺で。

 

(さらだたまこ) 

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